東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)52号 判決 1968年2月13日
原告
中村敏春
ほか九名
右原告ら訴訟代理人
根本孔衛
同
森美樹
原告
保崎、林、菅原、青木、中西、井手
(以上七名)訴訟代理人
山内忠吉
同
陶山圭之輔
同
増本一彦
被告
藤沢税務署長
高橋公男
被告
東京国税局長
志場喜徳郎
右被告ら指定代理人
横山茂晴
ほか六名
主文
原告らの被告藤沢税務署長に対する訴えを却下する。
原告中村、飯島、盛岡の被告東京国税局長に対する訴えのうち、同被告のした昭和三八年一〇月五日東局総総総第二三五号の決定の取消しを求める部分及び同被告に対して貼紙の撤去を求める部分をいずれも却下する。
原告飯島、盛岡の被告東京国税局長に対する訴えのうち同原告がした昭和三八年一〇月二五日東局総総総第二三八号の裁決の取消しを求める部分を却下する。
原告中村の被告東京国税局長に対する訴えのうち同被告がした昭和三八年一〇月二五日東局総総総第二三八号の裁決の取消しを求める部分の請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実<省略>
理由
一最初に、原告らの被告税務署長に対する訴え(文書掲示による立入禁止処分の取消しと右文書の撤去を求める訴え)の適否について判断する。
被告税務署長は、昭和三八年九月二六日藤沢税務署玄関の扉に、「湘南商工会の事務局員の出入をおことわりします。」との掲示をしたが、同商工会の事務局員である原告らの抗議により、翌九月二七日正午頃、「今回の税務調査に関連した用件について来署する湘南商工会の事務局員の出入をおことわりします。」と訂正した文書を同所に掲示し、この掲示を昭和四一年九月七日まで継続したうえ、同日さらにこれに代えて、「湘南商工会の会員の調査等に関連し、抗議、要求、無資格税務代理行為その他これらに類する行為のため、同会事務局員が出入することをお断わりします。」との文書を同所に掲示し、現在にいたつていることは、当事者間に争いがなく、本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告税務署長は、昭和三八年九月一一日以降湘南商工会の会員たる納税義務者及び取引関係者等に対し、旧所得税法(昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前のもの)六三条、旧法人税法(昭和四〇年三月三一日法律第三四号による改正前のもの)四五条、四六条所定の質問検査権による調査として、一斉に税務調査を行なつたところ、原告ら同商工会の事務局員は、右の調査が従来の慣行に反する違法な差別的措置であるとして、その頃しばしば藤沢税務署におもむき、執務中の同署職員に対して抗議したり、あるいは調査につき事前に打合せをすることを要求するなどの行為を繰返したので、被告税務署長は、これら事務局員の行為が執務の妨害になるものと判断して、これを防止するために前記のとおりの文書を同税務署表入口の扉に掲示したものであることが認められる。右の事実によると、被告税務署長が昭和三八年九月二七日掲示した前記文書(以下「本件文書」あるいは「本件貼紙」という。)にいう「今回の税務調査に関連した用件」とは、同年九月一一日以降同被告が湘南商工会の会員である納税義務者らに対して行なつた一斉税務調査に関連する用件、すなわち右の調査に対する抗議、要求や、調査を受けた事項につき納税者本人もしくはその代理人として税務署職員に答え、弁明し、帳簿資料を提出し、記帳を説明することなどの用件を指すものであり、本件貼紙が、このような用件によつて来署する湘南商工会事務局員に対し、税務署庁舎内への立入を禁止する被告税務署長の意思を表現したものであることは明らかである(したがつて、来署の用件が通常の税務申告や異議の申立てなどによる不服申立てその他前記調査に関連しない場合の立入は禁止されていない)そして、右文書に表現された被告税務署長の意思内容は、昭和四一年九月七日に貼り代えられた現在掲示中の文書にもそのまま盛り込まれているから、右貼代え後においても同被告の湘南商工会事務局員に対する庁舎立入禁止の措置の同一性は失われていないということができる。
そこで、被告税務署長の以上のような掲示による庁舎立入禁止行為が抗告訴訟の対象となる処分その他公権力の行使に当る行為であるかどうかを考察する。
まず、被告税務署長のした右立入禁止の行為が少くとも公用物たる税務署庁舎の管理権にもとづく作用であることはいうまでもなく、その管理権の作用は、庁舎本来の目的の達成ないしこれに対する障害の除去などのために、行政主体がその管理主体としての立場において行なう公の管理、支配の権能、したがつて行政権の作用であつて、私的所有権または占有権の主体が物の経済的価値を維持保全するために有する私法上の支配、管理の作用と性質を異にするものということができる。しかし、管理権の作用であるからといつて、当然にそれが公権力の行使に当る行為であるとはいえないのであつて、ある管理権にもとづく作用が公権力の行使に当るかどうかは、抽象的には、それが法的根拠のもとに行政権の優越的な意思の発動としてなされるものであるかどうかによつてきまるといいうるけれども、具体的には、当該行為を行政主体の権限として認めた法の趣旨、目的に照らし、その行為や、それに伴なつて生ずる効果ないし法律関係を私人相互間の関係と区別して取扱うだけの合理的根拠があるかどうか、その行為が私人相互間にはみられない関係のものであるかどうかなどを総合して、個別的に吟味して決定するほかはない。
ところで、税務署庁舎は、国の課税事務を行なう公務所であつて、道路や公園などのように直接公衆の利用に供することを目的とする公共用物と異なるから、通常、一般人の庁舎自体に対する利用関係を容認する余地がなく、ただ納税義務者その他の者は、庁舎内で行なわれる業務と接触するために、庁舎内に立入る自由が認められるにとどまるものであり、公衆のこのような自由は、一般民間の事務所、ことに公共的性質の事業を営む営業所への出入の自由と本質的に異なるものではない。また庁舎の管理主体が庁舎本来の目的に対する障害を除去、予防するために庁舎への立入を拒否することができるように、一般公衆の出入する銀行、商店等の施設の所有者や占有者が右と同様の目的で同様の措置をとりうることも当然であり、これらの点において、私人が官庁々舎に出入し、あるいは管理主体がその出入を規制するという関係をそれ自体としてみれば、同様の関係は私人の施設の場合にもみられるものなのである。そして、このような官庁々舎への立入拒否と私人の施設への立入拒否とを比較すれば、前者は管理権の作用であり(公務でもある)、後者は私的所有権等の作用である点に差異があるけれども、その行為の実質やそれがもたらす法律上の効果においてほとんど異なるところがなく、特に庁舎への立入拒否に関して、相手方に対し公法上の不作為義務や受忍義務を認めた規定も存在せず、両者を相異なる法規の適用に服せしめなければならない合理的根拠ないし理由を見出すことはできない。してみると、庁舎の管理主体が庁舎目的の保全のために行なう立入拒否は、一の公法上の法律関係ではあるが、それ自体としては、あたかも私的所有権等にもとづく保全行為と同視して差支えないものであり、その意味において公権力の行使に当る行為ではないというべきである。
もつとも前述の官庁庁舎への出入の自由は、一般公衆が庁舎内で用務を弁ずるため、そしてそのためにのみ、それに必然的に伴うものとして認められるのであるから、立入拒否によつて用務を弁ずることができなくなる場合には、右立入拒否は、単なる管理権の作用にとどまらず、用務を弁ずること自体の拒否ないし禁止を含むものと解せられる。そしてこのような拒否行為が、法的拘束力ある行為として、個々の具体的な法律関係における公衆の行政主体に対する何らかの権利ないし法的地位に変動を生ぜしめる場合、又は、事実上の行為として相手方に対して一方的になんらかの受忍を強要し、あるいは権利又は法律上保護に値いする利益ないし自由の享受を制約する場合、すなわち、逆にいえば、右の制約によつて生じた違法な事実状態が排除されれば、相手方の権利が無制約の状態に復し、又は法的利益ないし自由を享受しうる法律上の地位が回復するというような関係にある場合には、そのような拒否行為が、行政処分又は公権力の行使たる事実行為としての性質を帯びるに至るものと解せられないわけではない。このような観点から税務署庁舎内で公衆の用務が行なわれる場合を考えてみると、本来納税義務者その他の関係者は、税務官庁に対して納税申告や租税の賦課徴収処分に対する異議の申立てその他の不服申立てなど、主として納税義務に関連して庁舎内で用務を弁ずるのであるが、これらの意思表示は要式行為であるのが一般であつて、書面の提出によつて法律上の効果を生ずるけれども、書面の提出にとどまらず、その記載内容について提出者が担当職員に対して所要の説明を加える場合もありうるし、納税義務に関連して税務官庁に対し口頭による請求その他意思表示をなすことが認められている場合には、当該用務の担当職員に対し面接する必要があることは当然である。また後記のように課税等に関する資料収集に協力するため、税務官庁側からの質問、諮問又は検査の要求に対して回答し、弁明し又は資料を提供するため担当職員に面接することがあるのはいうまでもなく、当該質問、検査の方法等について抗議、要求、陳情、請願等の行為に出る場合もありうるし、更には、税務一般についての相談をする場合もありえよう。このように納税義務者その他と行政主体たる税務官庁との間に納税義務に関連して存在する法的関係は、広い意味の行政作用関係ないし公法的関係といいうるのであるが、庁舎内で用務を弁ずること自体を拒否する行為が公権力の行使たる行為として処分性を帯びるかどうかは、結局、納税義務者と税務官庁との間の具体的な法的関係に即して個別的にきめるほかないのである。
そこで本件についてみるのに、被告税務署長の行なつた立入禁止の措置が原告らに対し納税申告や不服申立権の行使のための庁舎立入までも禁止したものでないことは前認定のとおりであるから、右の立入禁止が右の申告や申立てに対するなんらかの処分に当るかどうかについて審理する余地はなく、また原告らと行政主体たる被告税務署長との間に、庁舎内で執務中の同税務署職員と面接することを不可欠の内容とし、あるいは被告税務署長等職員に対し当該用務に関しなんらかの義務の履行を求うる権利ないし法律関係が具体的に成立していることを認めるべき資料はない。なお原告らの被告税務署長に対する抗議、要求が請願権の行使に当る場合があるとしても、その権利の性質にかんがみ、庁舎内において同署長に自己の抗議ないし要求の陳述を聴取することを受忍させることが法律上保障されているわけではなく、したがつて、厳密にいえば、原告らがそのような方法で用務を弁ずるため庁舎内に出入できる法律上の地位を有するとはいえないし、また立入拒否が税務署職員の質問、検査に対する回答、弁明等をなすことの拒否行為に当り、しかも原告らのなんらかの利益を害することがあるとしても、それが行政処分その他公権力の行使に当る行為であると解しえないことは、質問検査権に関する後記の説示からみても明らかである。このように被告税務署長のなした本件立入拒否は、これを原告らの用務を弁ずること自体の拒否ないし禁止という観点から考察してみても、抗告訴訟の対象たる処分としての性質を有しないものというべきである。
以上に対し、原告告らは、本件立入禁止行為は一般的な庁舎管理権の行使にすぎないものではなく、税務署職員の原告らに対する質問検査権の行使とその結果とを確保するため、質問検査権そのものの発動の一型態としてなされたものであるから公権力の行使に当ると主張する。そこで、この点について判断するのに、税務署職員の有する質問検査権(旧所得税法六三条、所得税法二三四条、旧法人税法四五条、四六条、法人税法一五三条乃至一五五条)は、所得税、法人税等の賦課徴収という行政作用の適正な執行のための必要上認められたものであつて、相手方たる納税義務者らの承諾を前提とするいわゆる任意調査の権限にとどまるものであるが、相手方は当該職員の質問に対して真実応答義務を課せられ、また検査の要求に対しては正当の理由なくして拒絶してはならないという受忍義務を課せられ、これらの行政上の義務違反があつたときは、罰則(旧所得税法七〇条一〇号乃至一三号、所得税法二四二条八号、旧法人税法四九条四号、五号、法人税法一六二条二号、三号)の適用を受けるものとされており、これによつて間接にこの制度の実効性が担保されていることからすれば、このような罰則による間接強制のもので行なわれる質問検査権の発動としての行為は、公権力の行使に当るということができる。しかしながら、質問検査権は、本来、税務署職員が必要のあるときに納税義務者らに対して質問を発し、またはこれらの者の事業に関する帳簿書類等を検査するなど、積極的かつ能動的に調査する権限をいうのであつて、この権限を行使するかどうか、また、いかなる方法、場所でこれを行使するかは当該職員が適宜定めうるところであり、相手方の側から当該職員に対して税務庁舎内における質問検査権の発動そのものを求めたり、あるいは質問検査の方法を選定したり、又は質問検査に対する回答その他前記行政上の義務履行の場所を税務署庁舎内と指定したりすることができるものではなく、質問検査を受ける相手方の側にそのようなことのできる法的地位を保障した規定もない。すなわち、質問検査権の行使を受け、もしくはこれを受けようとする納税義務者またはその代理人が税務署職員に対し、ある時と場所での面接を求め、あるいは右納税義務者らの主張、答弁、説明の聴取や帳簿書類等の検査を求めたのに対し、当該職員がこれに応じなかつたとしても、その当否の問題はともかくとして、前記のような質問検査権の性格にかんがみると、それは当該職員がその時、その場所において質問検査を行使しないということにほかならず、これを質問検査権そのものの発動であると解することはとうていできない。したがつて、被告税務署長の本件立入禁止の行為が、質問検査権の行使に関連して、その答弁、帳簿提出、記帳説明などのために来署する原告らに対し、庁舎内での面接処理を拒絶する趣旨を含むからといつて、また現実の問題として原告らが面接処理によつて得べきなんらかの利益を失ない又は面談拒否によつてなんらかの損失を蒙る場合があるからといつて、これらの点から右立入禁止行為を質問検査権の発動そのものの作用であるということはできない。よつて、原告らの前記主張は失当である。
以上のとおりであつて、被告税務署長の本件貼紙による庁舎立入禁止の措置は、いかなる点からみても、抗告訴訟の対象となる行政処分その他公権力の行使に当る行為であると解することはできないから、これが公権力の行使に当ることを前提とする原告の同被告に対する訴えはいずれも不適法というべきであり、却下を免れない(なお、右訴えのうち、貼紙の撤去を求める部分も、立入禁止行為の処分性を前提とするものと解すべきことは、後記四に判示するとおりである)。
二次の原告中村、飯島、盛岡の被告国税局長に対する訴えのうち同被告が昭和三八年一月五日付をもつてした東局総総総第二三八号の裁決の取消しを求める訴えについて判断する。
右原告らのうち原告飯島、盛岡の両名が本件裁決の名宛人でもなく、またその審査請求人でもないことは、当事者間に争がない。してみれば、右両名は本件裁決によつてなんら法律上の利益を侵害されていないものであるから、裁決の取消しを求める訴えの利益を有しないことは明らかである。これと異なる同原告らの主張は、採用できない。また、原告中村については、その原処分である本件文書掲示による立入禁止の行為が不服審査の対象たる行政処分その他公権力の行使に当る行為に当らないものであることは、既に説示したところと同様であり、従つてその審査請求は不適法というべきであるから、これを却下した本件裁決は正当であつて本訴は理由がない。
三更に、原告中村、飯島、盛岡の被告国税局長に対する訴えのうち同被告のした昭和三八年一月五日東局総総総第二三五号の決定の取消しを求める訴えについて判断する。
被告国税局長の右決定は原告中村外一名の行政不服審査法三四条にもとづく前記立入禁止行為の執行停止の申立てに対してなした執行停止をしない旨の決定であるが、原告飯島、盛岡の両名はその名宛人でもなく、申立人でもないことは当事者間に争いがないので、前同様の理由により右両名は本件決定の取消しを求める訴えの利益を有しない。
そこで原告中村につき、右訴えの適否を考察すると、原告中村らの執行停止の申立ては、前記二の本件審査請求に付随してなされたものであつて、右の審査請求は既に却下の裁決によつて終了し、しかも前記二で判断したように右裁決は取消される余地がないとされる以上、本件執行停止の却下決定を取消してみたところで、当該審査請求を審理することのできない審査庁としては新たな執行停止をなしうるわけのものでもないのであるから、同原告には本件執行停止の却下決定の取消しを求める訴えの利益がないものというべきである。
四最後に、原告中村、飯島、盛岡の被告国税局長に対する訴えのうち、同被告に対し、貼紙の撤去を求める訴えについて判断する。
原告らの本件訴旨は、請求原因事実並びに弁論の全趣旨からみて、被告税務署長の本件文書掲示による立入禁止処分が公権力の行使としての行為であることを前提とし、その取消しを求めるのと同じ趣旨において、右掲示文書たる貼紙の撤去を求めていることが明らかである(そうではなくて、権利義務の帰属主体相互間において義務の履行を求めるという趣旨で、貼紙の撤去を請求しているものとすれば、行政庁である被告には当事者能力がないことはいうまでもない。)。
しかし、本件文書掲示による立入禁止行為が行政処分ではなく、これを行政処分であるとの前提でその取消しを求める抗告訴訟が不適法であることは、前記説示のとおりである。よつて原告中村、飯島、盛岡の被告国税局長に対する本訴もまた不適法というほかはない。
五以上のとおり、原告中村の被告国税局長に対し、同被告が昭和三八年一〇月二五日にした東局総総総第二三八号の裁決の取消しを求める訴えは、その理由がないのでこれを棄却することとし、原告中村のその他の訴え及びその他の原告らの訴えは、すべて不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(緒方節郎 小木曾競 佐藤繁)